仕事の時間も「自分で決める」時間になり、それをどう使うかはあなたしだいだ。
時間管理は、もはやセミナーでおなじみの仕事の能率を上げる方法にとどまらず、私たちの人生全体にかかわる重要な課題になったのである。
あなたは、一日中働くと決めることも可能だ。
そしてそう決めた場合、働いていないときは罪悪感を覚えることになる。
その反対に、ほとんど働かないと決めることもできる。
そう決めた場合は「家のこともなかなか忙しいんだよ」などといいわけをするかもしれない。
つまり、時間管理の本質は、余暇を管理することになるのだ。
あなたも、履歴書などに自分の趣味を書いたことがあるだろう。
何と書いたか覚えているだろうか?しかし、それも過去のことだ。
「趣味」なんて言葉は、遠い昔においてきてしまった。
では、そういう人は、趣味の代わりに何をしているのだろう。
しかし、人気ドラマの再放送を見るのは、洗濯や、家計簿をつけるのや、病気の親戚を見舞うのが余暇でないのと同じ意味で、余暇ではない。
余暇は、単なる仕事をしていない時間では見ているのである。
また、休息をとることと混同してもいけない。
仕事が休息でないのと同じ意味で、余暇と体息は違うのである。
余暇はまた、単なる気晴らしでもない。
目的意識を持ち、集中して行う活動である。
教会で祈る、Mを聴く、友だちに会う、穴のあいた配水管を修理する、これらの行動は余暇として楽しむことができる。
あなたが最後にひとりで長い散歩をしたのはいつだろう。
それもまた、真の余暇に含まれる行為である。
仕事は外向きの創造であり、余暇は内向きの創造だ。
余暇はリクリエーションともいうが、その余暇で再創造するべきものは、私たち自身の魂である。
よい仕事をすればそれだけ世界を豊かにすることができるのと同様に、よい余暇をすごせば自分自身を豊かにできる。
聖書的な表現を借りれば、余暇とは、創造的な仕事の合間にある創造的な安息日なのである。
仕事は余暇の不在であり、その逆ではない。
Aは「われわれは余暇を得るために働く」といった。
アテネ人の理想とは、市民が政治参加することと、肉体的な労働から解放されて、音楽鑑賞、学習、思索などの精神の営み(余暇)に没頭することであった。
この価値観の背後にある論理は、本当の喜びは、活動そのもののために活動するときに得られる、というものだ。
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